愚痴を1つ

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オハヨーゴジャイマース!!!(ダミ声)(結局3話までぐらいしか見てないなこのアニメ)…ってな訳でお久し振りです。
久々のブログ更新ですが、結局上手いブログの活用方法が見つからないままズルズルと今に至っており、悶々とする日々であります(悶々としてません嘘つきました><)。意識高い系のアニメブロガーの方々は更新頻度高くて凄いですねーアハハ(飛び火)。はい、糞どうでもいい前置き終わり。


さて本題。ツイッターにて様々なアニメ評論家様()のアニメ批評を眺めては、気に入らないと晒してオフェンスオフェンスぅぅぅぅ…な爛れたライフワークを担っております私ですが、「大体このフレーズが気に入らねぇな~」と思うものがいくつか共通して存在しているなと感じるのです。いくつかとは言うが、すぐに思いついたのは2つである。その2フレーズを簡単に申しますと…

1.「○○(作品名)には中身がない!」

2.「△△(何かしらのシリーズやブランドに属する作品名)は××(シリーズ・ブランド名)である意味がない!」

の2つですね。

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まず1つめ。大体こういう文言が飛び出してくるのは、個人的にですが「け●おん」やら「ごち●さ」あたりの日常系作品が多いイメージです(シリアスな題材の作品でも出来が悪いものと見なされると同じことを言われる)。

最初に言っておきますが、私は日常系作品は基本的にあまり好まないもので、積極的に触れようと思いません。かといってそのジャンル自体を否定したいという思いはありません。自分にはあんまり合わないけど、そういう文化もあってもいいのではないか、というスタンスです。どうでもいい自分語り終わり。

僕としては、中身ってのは視聴者側が見出だすものであって「中身がない」と喚き散らす輩に対して「それは単にお前が中身を見出だせなかっただけなのでは」って思うようにしてます。大体“中身”って何だよ“中身”って…

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これにのっとるならば、逆に聞きたいが中身のないアニメなんて存在するの?萌え日常系アニメに対して中身がないと皆様言いますが、こっちから言わせてもらえば、「キャラが可愛い」「キャラデザ同士の関係性に萌える」「キャラデザが可愛い」みたいな要素も十分立派な“中身”だと思うんですけど?

多分皆様からしたら「重厚なストーリー」「壮大な世界観」「綿密な設定」みたいな充実したものに触れてようやく“中身”を肌で感じ取れるのでしょうね… まぁ頑張って中身探しに勤しんでくださいねぇぇぇぇ(((^_^;) はい、次

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2つ目です。分かりやすい例としては「ガン●ムである必要がない」といったような文言ね。
発言者から、そのシリーズに対する思い入れの強さのあまり、過去作のイメージから逸れたシリーズ最新作を許容したくない(あわよくば排斥したい)念慮が伺えますね。気持ちは分かるんだけどね…。

で、僕が言いたいのは「そのシリーズの括りでやる以上、どのような形になってもやる意味はある」という事です。

めんどくさいのでガ●ダムを例に出すと、最近でいうとオル●ェンズで「主人公が冷酷マシーンで●ンダムである意味ガー」「実弾兵器ばっかりでガンダ●である意味ガー」みたいな意見が飛び交ってるのを見たのね。

僕としては「主人公や兵器がこれまでのガンダムらしくないからこそ、新たな試みとしてガンダムである意味があるんじゃないか?」って意見です。更に言うと「逆に過去作のオマージュ的な似通った内容だったとしても、今だからこそ出来る表現で映像等(アニメに限らず漫画やゲームなど含んで)が作られているんだから、それだけでも意義はある」と考えます。

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まー、とりあえず、アニメ漫画ゲームラノベ等々の媒体を享受し楽しく過ごしていらっしゃるオタクな皆様。“中身”とか“意味”みたいは割りと壮大なキーワードを気軽に使って作品殴るのは感心しないなー、と何処の誰とも分からんクソオタクがここで勝手に喚いております。君達が何を言おうが勝手だが、頓珍漢な事言って雑に作品を殴るのを目撃した暁には、空破特攻弾かますのでそのつもりで(無駄に広い範囲に喧嘩を売ってしまった…)
ではさようなら。またお元気で頑張って逝きましょう♪バッハハ~イ